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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)115号 判決 1982年5月31日

原告

浦和第一町内会エース対策協議会

右代表者

和田敏生

右原告訴訟代理人

田中伸

平田武義

岩佐英夫

中尾誠

被告

エース商事株式会社

右代表者

北野治雄

右訴訟代理人

植原敬一

小湊収

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  主位的請求

1 被告は原告に対し宇治市小倉町西浦八一―二番所在の別紙図面1<略>記載斜線該当土地部分に、別紙図面2<略>記載のフェンスを設置せよ。

2 被告は原告に対し、金五〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告の負担とする。

4 仮執行宣言。

(二)  予備的請求

1 被告は原告に対し、右(一)・1所在の個所に別紙図面3記載の施錠された非常口鉄扉を設置せよ。

2 被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告の負担とする。

4 仮執行宣言。

二  被告

(一)  本案前について

主文同旨。

(二)  本案について

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  原告の請求原因

一  当事者

被告会社は、土地開発、不動産賃貸を業とする株式会社であり、原告協議会は、被告会社の宇治市小倉町西浦七八―三他の土地に対する店舗付中層ビル建設(エース小倉ビル建設という)に関して被告会社と右建設諸事項を交渉するため結成された住民組織である。

二  被告会社のエース小倉ビル建設の経過

被告会社は昭和五四年二月頃、エース小倉ビル建設工事に実際に着工したが、それまでに地元住民商店街といろいろな紛争があつた。特に地元町内で組織されている浦和第一町内会とは、同町内会の右ビル建設についての同意をめぐつて紛糾していた。

昭和五三年七月頃、関係各方面に被告会社のビル建設計画が明らかになつた。ところが地元特に近接の商店街がある浦和第一町内会の承諾なくして、宇治市が建築確認の書類を府に回収したため大問題となつた。同町内会は昭和五三年九月二五日市当局に対し府がエース小倉ビルの建築確認をおろすのに、被告会社に対し同町内会の了解を得たうえで工事着工する旨誓約書をとるよう要求し、その結果行政指導が被告会社に対してなされ、同年九月二八日付右趣旨の誓約書が被告会社から府に出された。

右以降被告会社から同町内会に対し、同町内会のエースビル工事着工に対する同意をえるための交渉が持たれた。被告会社の説明会及び協定書の文案配付が同町内会に対してなされ、昭和五四年二月八日に被告会社と同町内会の間で協定書調印という運びになつた。

三  昭和五四年二月八日の話し合い当事者

この日の話し合いの出席者は、地元住民側から町内会の幹事、三役が、被告会社側から被告会社代理人であるエース小倉ビル設計工事事務所株式会社宮田測量設計工事事務所代表取締役宮田忠家、工事担当会社株式会社浜田組杉山工事主任、他に浅井宇治市議が立会つた。

そこでは、被告会社との今後の交渉並びに問題解決の窓口をどうするかがまず論議にのぼり、従来浦和第一町内会があたつてきたが、同町内会はその公的な性質上適当でないのでエース小倉ビル建設用地南側の官有地の緑地の問題については同町内会があたるが、その余の諸々の問題については同町内会とは別個の組織である団体が被告会社との窓口になることが住民側から提案された。被告会社はそのことを認め、同日その場で窓口になる原告協議会が設立され、被告会社から承認された。原告協議会は代表に和田敏生が就任し、会員は浦和第一町内会会員及び近隣住民で構成されている。

四  原告の当事者能力および当事者適格

(一)  原告協議会設立の経過

(1) 被告会社と地元住民はエースビル建設に際し、建設計画の内容(規模、構造等)、右建設工事施行方法、右建設工事に伴う周辺整備計画、商業調整等の各問題について折衝を重ねてきた。そのなかで地元住民の強い要望により、当局より行政指導がなされ、被告会社は府宛に「地元の了解を得たうえでなければ建設工事に着工しない」旨の誓約書を提出していた。よつて被告会社は何としても地元の了解をとらなければならない立場にあつた。

(2) 被告会社は当初、右了解について浦和第一町内会のエースビル建設の同意を同町内会に求めてきた。しかし同町内会ではビル建設地に最も近接する西浦地区住民(以下近接住民という)の同意なしには、同町内会は同意できないとの考えから右申出を拒否した。

(3) 同町内会は、役員が昭和五三年一一月頃近接住民の同意を得るため、所定の文言を記載した被告会社作成の覚書委任状(近接住民から同町内会幹事、役員に工事同意のための覚書作成を委任するもの)を集めてまわつた。

(4) その後も同町内会役員、幹事及び近接住民が一体となつて被告会社側と何度か話しがつめられ、昭和五四年二月八日の協定書調印の日を迎えた。この日は同町内会役員、幹事の外近接住民代表として和田敏生(原告協議会代表)外二名が地元側で出席した。よつて当日和田代表外二名は近接住民の委任状を所持しており、委任状を発行した近接住民(一四名)を代理して、被告会社と交渉する権限を有していた。

(5) 当日までに地元では、緑地の問題等町内一般に係る問題については同町内会か、それ以外の個別の問題については原告協議会が窓口一本化してあたるとの合意が成立していたので、当日原告協議会の設立及び代表に和田敏生が就任することが提案され、被告会社側から異議なく承認された。

(6) 原告協議会は、設立前から地元では、①ビル建設に伴う違法な増改築規制の問題、②本件通路の問題、③ビルに入るテナントの問題、④電波障害の問題、⑤風紀防犯の問題等々の将来の被告会社ビルに関する近接住民との紛争処理団体として予定されており、被告会社側もその旨了解していた。だからこそ被告会社は甲第一号証付属覚書で①〜③に関する約定を原告協議会と結んでいるのである。

(二)  設立後の活動

設立後も原告協議会は活発に活動している。即ち対外的には、被告会社が約束違反を犯し、通路開設に及ぶや現場事務所に度々抗議に行つたり、内容証明郵便を出したり、立看板を出したりし、対内的には総会の随時開催、会則の整備などを行つている。

(三)  具体的検討

民訴法四六条の所謂「法人ニ非サル社団」に該当するか否かの一つの基準として最判昭和三九年一〇月一五日(民集一八巻八号一六七一頁)が参考になる(絶対基準ではない)。即ち「……権利能力のない社団といいうるためには①団体としての組織をそなえ、②そこには多数決の原則が行なわれ、③構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、④しかしてその組織によつて代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない。……」

①の具体的内容が④であると考え、以下①〜③の要件を本件にそつてみていく。

(1) 団体としての組織性

事業目的は「エースビル新築工事による近隣の環境変化及び工事中、工事後のあらゆる迷惑損害から会員の営業とくらしを守るため窓口を一つにし、エース商事株式会社と交渉にあたり解決する」ことを目的としている。代表、代表者以外の役員、事業目的、事務所所在地についても会則に定めがある。

会員については当初からの会員一四名及び途中での入会者二名合計一六名で構成されている。決して被告主張のように不明確なものではない。

(2) 多数決の原則

総会をもつて議決機関と定められており、出席会員の過半数でもつて議決されている。本件訴訟提起も会員の過半数以上の承諾がある。

(3) 団体そのものの永続性

原告協議会は、現在テナントの問題及び電波障害等の被告会社との交渉問題をかかえており、仮に万が一将来、現在の係属問題が解消しても、事ある時にはその紛争処理にあたる機関であるから構成員自体は多少変動があつてもエースビルがある限り在続していくべきものである。

(4) 原告協議会の社会的実在性

本件では原告協議会の当事者能力を裏付けるものとして、さらに社会的実在性をあげることができる。

(一)で述べたように設立の経過として卒然誕生したものではなく、あくまで委任者という母体があり誕生したものであること。設立にあたり、被告会社は原告協議会を相手方として認め、甲第一号証にも明記している。当事者能力は認めていないとの被告の主張はあくまで協定書は地元住民を納得させるための便宜であつたとでも言うのであろうか。正式の話し合いの場で認められ、町内会にも認められているのであるから、十分に社会的には承認された団体である。また活動も(二)で述べたように活発に行つており、実動もしている。

(四)  以上、本件は現在の判例の要件でも当事者能力を認められるべき事案であり本件特殊事情を考慮すれば尚更である。

(五)  原告協議会は当事者能力だけでなく、当事者適格も有する。給付訴訟の原告適格は訴訟物たる権利義務の主体であると主張するものにある。本件では原告協議会は、被告との「エース小倉ビル西側敷地部分と私道と接する通路は一切ぬかない」との約定に基いて本件訴訟を提起しており、右約定の帰属主体は原告、被告であるから、原告は当事者適格も有す。<中略>

第三  被告の答弁

一  本案前について

(一)  原告は、民訴法四六条に所謂「法人に非ざる社団……にして代表者又は管理人の定あるもの」すなわちいわゆる「権利能力なき社団」に該当するものとして本件訴を提起しているものの如くである。しかし原告は右権利能力なき社団に該当せず、徒つて民訴法四六条にいう当事者能力を有しないものである。すなわち権利能力なき社団といいうるためには、単に一時的な人の集団というだけでは足りず、団体としての組織を備え、構成員の変動に拘らず構成員から離れた存在として観念される程の独立性を有し、その権利義務が団体自体に帰属するものでなければならない。しかし原告協議会は、原告自認のとおり、昭和五四年二月八日の話合の際卒然「設立」されたもので(従来浦和第一町内会は工事中の交通安全対策、工事に起因する損害の負担問題、国有水路を緑地化する問題につき交渉に当つてきたが、本訴で主張している通路などの問題については町内会は適当でないということになつた(原告自認のとおり。)、当日の出席者のみで設立されたことになるのか疑問であるだけでなく、その構成員の範囲も明確でなく、従つて、その団体性も明らかでなく、通路の開設により受ける利益不利益が団体に帰属しているとは考えられない。なお、被告会社が原告協議会を交渉の窓口として認めたことは、訴訟における当事者能力まで認めたことになるものではない。従つて、原告協議会は本訴における当事者能力を有するものでなく、本件訴は不適法である。

(二)  かりに、原告が当事者能力を有するとしても、前述のとおり、原告には本件請求をなす固有の利益が原告協議会なる団体に帰属しているとは考えられないから、原告の本件訴は当事者適格を欠くものである。<以下、事実省略>

理由

一原告の当事者能力の有無

(一)  いわゆる権利能力のない社団の要件は、団体としての組織性の具備、多数決の原則、構成員の変更が団体の存続に影響を及ぼさないこと、組織につき、代表の方法、総会運営、財産管理その他団体としての主要な点が確定していることが必要である(最高裁判所判決昭和三九年一〇月一五日(民集一八巻八号一、六一七頁)参照。)

(二)  <証拠>を総合すれば、つぎの事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

被告会社は、昭和五三年七月ころからエース小倉ビル建設工事を宇治市小倉町西浦七八―三ほかの土地に建設する旨の計画を明らかにし、右所在地の地元商店街を含む浦和第一町内会とビル建設に伴う諸問題の協議をはじめた。この間右町内会も構成員の一である西小倉自治連合会が被告会社の右工事につき同意を与えたこともあり、右町内会と被告会社と直接交渉がなされた。そして、昭和五三年一一月ころには、地元商店街の住民若干名は、右町内会の幹事役員に右建設工事に関する交渉を委任する旨の意思表示をした。昭和五四年二月八日、右町内会と被告会社との間に協議が成立し、その際、右町内会の中で被告の右工事に伴い直接営業上の影響をうける原告代表者の和田敏生ほか約六名が集合して原告名の協議会名で、代表として右和田を選出し、右和田は、同日覚書に原告の代表名で署名した。しかし、原告協議会としての初会合は、右の後日である昭和五四年二月一一日で(甲第七号証)、会則も昭和五四年一二月ころ作成された。

しかし、本件全証拠によつても、右会則がいかなる構成員で、いかなる方法で作成されたかこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  右事実によれば、原告協議会は、前記いわゆる権利能力のない社団の要件の一つである組織性を具有しているとはいえず、当事者能力はない。

すなわち、右昭和五四年二月八日の原告主張の本件覚書作成時点で原告代表和田敏生を選出したのは、わずか約六名で、原告主張の構成員一四名ないし一六名の過半数には至らず、また、右会合では何ら原告協議会の具体的組織・活動内容等について協議をされていたものと認めるに足る証拠はなく、また、昭和五四年一二月ころ作成したとする会則も前述のとおり総会を開催して決議したと認めるに足る証拠はなく、右会則の後に改めて整備したとする会則(甲第四号証および原告代表者尋問の結果。)もいつ、いかなる構成員で作成したのかこれを認めるに足りる証拠はない。さらに、<証拠>によれば、第七条、第八条に総会と議決の規定はあるけれども、総会の成立要件の規定はない。

以上の事実を総合すれば、原告が一つの利益集団であるとはいえても、組織性を具有しているとは、とうていいえないであろう。

二結論

以上のとおり、原告の請求は、訴訟要件を欠くので実体判断をするまでもなく(なお、かりに右当事者能力が存在したとしても、前認定のとおり、昭和五四年二月八日の原告主張の本件合意成立時点では、原告は不存在であり、この点で理由がない。)理由がなく、却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (戸田初雄)

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